今日は、友達の葬式がありました。昨日のブログでは、知人と書きましたが、知人と言うとあまりにばくぜんとした関係でした。しかし、友達といっても遊び友達というわけではありません。その方は、車いすに乗られた方で、20年ぐらい前までは、苦楽を共にした活動仲間(障害者運動の)でした。

家族葬とは聞いたけれど
家族葬とは聞いていましたが、普通のお葬式でした。遺族の方に参列して良いか尋ねましたが、それは無用でした。親族席と知人席が準備してあったのです。
私の知り合いは、焼香だけして帰ると聞いていたので、その人に会うため、私は30分前ぐらい前に葬儀会場に行きました。その知り合いの人とも会うのは何十年ぶりくらいです。この前電話で年齢をお聞きしましたが、私より10歳上でしたが、実際会ってみると昔と変わっておられませんでした。
焼香して葬儀に参加しない方も大分おられました。昨今、お悔やみに家にお邪魔するというのも難しいので、「流れ焼香」というのも良いのかなと思いました。
故人との関係
ご遺族の方にお悔やみを言うのに、ご遺族の方とはほとんど面識がないので、(40年間に1、2度ぐらいに会ったことはあります)故人との関係を端的に言うことばかり考えていました。
「○○さんが若いころは、20年間ぐらいいっしょに活動していました。」それだけ言いました。
ご遺族の方に聞いたところ、病気が分かったのは1ヶ月前だったそうです。やはり、もう治療しても助からないところまで、病気が進行していたのです。
ご遺体を拝ませてもらいましたが、昨年の12月にお会いした顔とほとんど同じでした。安らかに眠っておられました。
複雑な感情
葬式が終わって、別の親族の方が、関係を聞かれました。
実は、20年ぐらい前には、いっしょに事業を立ち上げる準備をしていましたが、あれこれすったもんだがありまして、別の道を歩むことになり、団体は別になりました。そのため、ここ20年間は疎遠だったのです。
20年間は、故人と東京やいろんなところを介護で行った楽しい思い出もありますが、頭も混乱してきました。
遺族の方に話をしている最中に、自分がいらんこと(20年ぐらい前のすったもんだの理由)をいいそうになりました。葬儀会場で出会った昔の別の知り合いが帰ると言ったから、そのタイミングで、私もそのまま一緒に帰りました。
いつなんどき、自分にも死が訪れるかわかりません。やりたいことは、生きている間にしかできないので、故人の分も精一杯頑張らないといけないなと思いました。
最後までお読みくださりありがとうございました。
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