
2つの精密検査の結果、ひとつは循環器科の心臓・肝臓・腎臓と消化器科の食道・胃・十二指腸、今のところ「問題がない」ということでした。
だからと言って、「調子が良い」ということではありません。
循環器科の受診した頃は、何か理由を見つけて、警備の職を辞めてやろう・・・という気持ちでしたが、その当てがはずれてしまいました。
それで、気持ちを切り替えて、踏みとどまって、「自分のできることを一生懸命やって」2週間なんとかやってきました。「できることをやれば良い」?
>当たり前だ!できんことはできるわけはない!
と、怒り出す人がいるかもしれないですが、兄が父の葬儀を行なう上で呪文のように良く言っていました。
兄にとっては、自分が初めてやる葬儀であって、未経験のことで、わからないことも多い。当然ながら不安も大きく、義姉から「できることをやればいいじゃない」と側で言われたんじゃなかろうか。
その兄が、この度、脊柱管狭窄症手術で入院することになっています。
LINEで、兄から入院のスケジュールと「見舞いの必要なし」と、来ました。
電話の時も、そう言っていましたが、お見舞いどうしようかなあとも思いました。
自分の場合、2度手術の入院で、病院側から「来てもらわないと困る」と言われ、兄に病院にでむいてもらいました。
だからお返しではないですが、兄の入院と聞いて、何もしないわけにはいきません。
しかし、兄の場合、娘たちがいるので、娘たちが「家族」のすべきことをするわけなので、私の出る幕は当然ありません。
だけれども、「見舞いの必要なし」がいわゆる一般的な遠慮ではなく、「来ると困る」のニュアンスにも聞こえました。
しょうがないので、入院前にお見舞いに行こうかと思いましたら、「準備で忙しいので来ないで欲しい」と言われたので、何もせずにおきます。
自分はいろいろなことを、あれこれ考えすぎて、実際は違うのかもしれないけれど性分なので仕方ない。
だんだん、年老いてだんだん関係が疎遠になっていくと同時に、親族関係もフェイズが変わってきています。また自分が病気になって、親族にはもう迷惑はかけられないということも改めて感じました。
片方で、「孤独」ということを初めて感じました。
前に住んでいた町内会で、近所の爺さんたちが「寂しくないか」と言っていましたが、「おひとり様」で寂しいと感じたことはほとんどありませんでした。(ウソではありません。)
Billy Joel – Honesty
何が自分にとって正直なのか わからんようになりました。
自分の感情にも、うそくさいものも含んでいます。
「正直に生きる」とは、難しいことなのかもしれません。
最後までお読みくださりありがとうございました。
⇩ 応援のクリックをぜひお願いします。
