一泊二日の旅行のはずでしたが、二日目の夕方になると眠くなってきました。東舞鶴まで行ったのが頑張り過ぎだったかもしれません。
電車だったらそのまま家に帰る所ですが、自動車だったので、事故ったらいけんと思い、鳥取市で急きょホテルをとり、もう一泊することにしました。(何があるかわからんから薬は2ヶ月分持っていきましたので困らないです。)
お陰様で、無事に帰ってこられて良かったです。

目的は大学時代の友人に会うこと
目的の第一は、大学時代の友人に会うことです。
日本海側なんで、JRがあまり発達してないから、自動車で行った方が良いのです。
そこまで行って帰るんだったら、往復6時間ぐらいなので、どうせなら、古代史の取材も兼ねて古い神社や古墳を見ていこうとする計画です。
まずは古代史とは関係ないですが、鳥取県の山奥の金持神社に行きました。宝くじに当選しましたとか、絵馬が掛けてありました。山奥なのにかなりの参拝者でした。自分もお金持ちというか、生活が安心できるぐらいの収入を得たいです。
それから、旧美作国(真庭市とか津山市、美作市など)の神社とか古墳を見て回りました。
大学時代の友人は、私より年一つ下で新聞社勤めですが、いまだ仕事をしています。再雇用ですが、いまだに会社から「辞めて」とは言われてなくていつまで働き続けるかわからないと言っていました。
でも、会社を辞めたらどうするかとか、奥さんと漠然と話をしているらしい。
自分なんかと違って高給料だと思うから、年金だけで暮らせるんではないかと思います。話しているうちに、自分は「老後の生活」みたいには考えていないんだと思いました。
友人みたいに、満足いくような一生を送ってない、これからが自分の人生みたいだと考えている節があると気づきました。
高速道路がヒジョーに怖かった
地図は一応持っていきましたが、ほとんど見ませんでした。
スマホを助手席に置いて、Googleマップのナビがしゃべる通りに運転するだけです。
地図を見ないので、東西南北もよくわからず、どこを自動車が走っているのかよくわかりません。
高速道路は、中国縦貫がヒジョ―に怖かったです。他の高速道は、制限速度を40も超えるような人はいなかった。
自分は、おおむね時速80キロ前後で走っていて左車線を走っていましたが、右車線は、120以上は出ているような勢いでビュンビュン追い越していきます。大昔からそうですが、速度制限無いが如し。
こんなに速度の速い高速道を走るのは、久しぶりで、おじけづきますが、まあ追い越し車線があるからマイペース。
しかし、一車線になると、うしろから追い込みをかけられているような気分になっていき前の車にできるだけついていきます。
さらに怖いのが、高架橋の上を走る時です。落ちるはずはないのだけど、橋の高さを想像して落ちるんじゃないかとおののいてしまいます。
たぶん後ろの車は、イライラだけど、しょうがない。飛ばす人のためだけに高速道路があるんじゃないし、堂々と安全運転をするもんだと思います。
「迷惑」という概念を持ち込むと、もうどこにも行けません。
ハローワークで職員に「若い人に迷惑だということがわかりませんか?」と言われましたが、その理屈を発展すれば、生きていく資格そのものが無くなってしまいます。ずうずうしく胸を張って生きるだけ。
音楽をかけずに運転に没頭していました。
この歌は、高校時代に流行っていました。ギターの速弾きが曲芸的に(ヴィルトーソというべきか)魅力でした。
自動車の運転で、少し受命が縮んだ感じ。
時折、高速道路を走る旅行はたまにはしないと、運転技術が劣化していく気がします。
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